1935年、IMAGICA は京都太秦で誕生、わが国で初めて自動現像機による映画フィルムの現像を開始しました。以来、今日に至るまで、映像記録媒体として極めて完成度の高いフィルムのもつ様々な可能性を追求し続けてきました。
1970年代初めには、ビデオのポストプロダクションの分野にも進出。 ハイビジョンやコンピュータグラフィックスなどの電子映像分野にも黎明期より積極果敢に挑戦し、実績を作り上げてきました。また、映像技術サービス−ポストプロダクション分野−のみにとどまらず、各種展示・イベントの企画・運営からビデオレンタル、さらには衛星通信まで、様々な映像のシーンで活躍してきました。優れた技術とノウハウ、新しいものに挑戦していくスピリットは、70年あまりに及ぶ伝統の中で着実に培われてきました。
そして今日、メディアの多様化、デジタル技術の進歩、と映像をとりまく環境は大きく様子を変えてきていますが、「技術」をキーワードに企画・制作からポストプロダクション、さらに流通・運用までをトータルに捉え、映像とその領域をとりまく一切をコーディネートしていく映像総合サービス企業として更なる飛躍をはかろうとしています。
| 1935年 | 株式会社極東現像所として創立 京都太秦にて映画の現像開始 |
|---|---|
| 1936年 | 横浜工場操業開始 |
| 1942年 | 株式会社東洋現像所に社名変更 |
| 1951年 | 東京・五反田工場操業開始 |
| 1953年 | イーストマンカラー現像開始 イーストマンカラーによる第一回作品「地獄門」の現像を担当 |
| 1961年 | 大阪営業所を大阪市南区末吉橋に設置 |
| 1964年 | 東京オリンピック公式記録映画の現像を担当 |
| 1970年 | 日本万国博公式記録映画、ニュース映画の現像を担当 |
| 1971年 | ビデオサービスを五反田で開始 |
| 1972年 | 冬期オリンピック札幌大会公式記録映画の現像を担当 |
| 1974年 | ビデオセンター 東品川に開設 |
| 1976年 | 沖縄国際海洋博公式記録映画の現像を担当 |
| 1985年 | 科学万博パビリオンの上映映画、ビデオ、展示写真などに最新技術をもって協力 |
| 1986年 | 株式会社 IMAGICA に社名変更 |
| 1989年 | 新東京映像センター竣工 |
| 1990年 | 新大阪映像センター竣工 |
| 1991年 | ユニバーサルスタジオツアー(フロリダ) ‘Back to the Future、The Ride’のオプチカルエフェクトを担当 |
| 1992年 | ハウステンボスのパビリオンの企画・制作を担当 |
| 1993年 | IMAGICA USA INC.を映画の都 Los Angeles 市に設立―70mm 大型映像のオプチカルエフェクトのサービス開始 |
| 1995年 | デジタルフィルムスキャナー IMAGER3000V の販売開始Hollywood を中心とした全世界のデジタルエフェクトプロダクションで使用される |
| 1996年 | CSデジタル放送チャンネル「シネフィル・イマジカ(現「洋画★シネフィル・イマジカ」)」開局 |
| 1997年 | 100%番組自主制作のCSデジタル放送チャンネル「食チャンネル(現「グルメ旅★FoodiesTV」)」開局 |
| 1997年 | DVDのオーサリングサービスを開始 |
| 2000年 | 出資製作作品「老人と海」が第72回米国アカデミー賞短編アニメーション部門でオスカーを受賞 品川プロダクションセンター竣工 |
| 2001年 | カラー・マネジメントシステム「Galette/ギャレットTM」を開発―スタジオジブリ作品『千と千尋の神隠し』で使用 |
| 2002年 | 「65/35マルチフォーマットオプチカルプリンターの開発およびシステムランニングの高い技術」で第74回米国アカデミー 科学技術賞をスタッフが受賞 |
| 2003年 | 株式会社ロボットと合弁でデジタル・エンタテインメント・コンテンツ企画制作会社「バディーズ」を設立 |
| 2004年 | 品川プロダクションセンター「Rスタジオ」でバーチャルスタジオ撮影を開始 |
| 2005年 | デジタルインターミディエイトサービスを開始 デジタル衛星放送事業を拡大、ホラー専門チャンネル「ホラーTV」を設立 |
| 2006年 | 株式会社イマジカ・ロボットホールディングスを持株会社として設立 株式会社IMAGICAは映像技術サービスを核とした事業会社として、新たな経営体制へ |





