木村卓

大学時代に出会ったCGと情報美学の繋がり

木村 卓/アートディレクター

折り紙とテレビとスター・ウォーズを足して、そこにコンピューターグラフィックスを掛けると、何が生まれるのか? 答えを先に言ってしまえば、CGチームのアートディレクター・木村卓ということになる。

そんな木村がCGと出会った大学時代に美大で学んでいたのは、”情報美学”。木村の言葉を借りれば、こんな学問だ。「情報美学にはいろいろな側面があるのですが、僕が興味を持ったのは人間の創造活動を情報処理として捉えようとする部分なんです。人は無から何か生み出しているわけではなくて、見聞きしてきたいろんなものを自分の中で消化して、表に出しているんだと思うんですが、そのプロセスを情報処理に当てはめてモデル化するのが、すごく新鮮に感じたんですね。僕も未だにきちんと理解できてないんですが(笑)、今の仕事もプロセスの面白さというところで、情報美学と繋がっているかもしれないですね」

木村が今に至るまでを紐解けば、冒頭の方程式になる。母親に教えてもらった折り紙の造形的で幾何学的な面白さ。テレビの映像の仕組みへの興味。加えて、当時リアルタイムで観た『スター・ウォーズ』に刺激を受けて……。

「8ミリで、”なんちゃってスターウォーズ”を撮影したんですよ。自分でミニチュアを作って、黒い紙に穴を空けて宇宙を作って(笑)。ただ、8ミリはワイドに強くないので、スケール感が出ないんです。コマ撮りを試してみたり、オーバーラップをさせてみたり、そのときできることを工夫していろいろやってみました」


成長過程だったからこそCGに惹かれた

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創意工夫の楽しさ。それはまさに今の仕事、CGへの興味に繋がったところだ。木村がトーヨーリンクス(IMAGICAに事業統合)で働き始めた80年代初頭は、まだCGの表現も限られていたうえ、ツールもなく、自分でプログラミングを組むのが当たり前だった時代。

「今、自分が学生だったとして、CGに興味を持つとは思いますが、仕事にしようとは思わないかもしれないですね。当時はシステムが成長していく様を垣間見ながら、表現の幅を広げてやっていくことができて、それが自分にとって面白かったんです。トーヨーリンクスは自社開発のソフト・ハードを使っていたので、頼むと新たな機能を追加してくれたり、改良されて昨日できなかったことが今日急にできたり。それが今だと、マニュアルがいきなり山のようにあって、どこから入っていいのか分からない。昔は機能も少なくて進歩も緩やかだったから、覚えていくのも楽だったんですよね」


『KUDAN』の経験が仕事にもたらしているもの

木村が自主企画としてアニメーターの山岸宏一らとともに制作したオリジナルショートムービーで、国内外で数々の賞を受賞している『KUDAN』は、それこそCGの表現の幅を感じさせる作品だ。

「そのとき自分が考えていた社会の仕組みやアジア人の民族性が企画のきっかけになって、日本で古くから知られる妖怪”くだん”という題材をモチーフに表現してみました」と木村。一方で、オリジナル作品を手掛けることで、こんなことも感じたという。

「ゼロから自分で作るということで、普段お客様から頼まれる仕事とはまるで違ったんですが、どこかそれを追体験して勉強するみたいなところもあったんですよ。基本的な僕らの仕事は、お客様のイメージを形にすること。お客様がどんなイメージを考えているのか、僕らも一生懸命、寄り添って想像しないといけないんですよね。そのときに、ゼロから作り上げていくことのフローが自分の中にないと、お客様の考えもたどりにくいんじゃないかなというのがあったので、自分で作ってみることがある種の訓練にもなりました」


発明好きだった噺家の父親から受けた影響

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考え方はもちろん語り口も明確で、笑いも交えながら話してくれる木村。”話”が”噺”になっているあたり、父親譲りということなのかもしれない。木村の父親は、噺家。さらにその父親の教育方針というのも、じつは木村と仕事を紐解く方程式の一片だ。

「父親は創作落語をやっていたんですが、発明好きでもあったんですよ。それで一発儲けようと考えていたに違いないんですが、作るのはおかしなものばかりで、僕と弟がいつも実験台にされていたんです(笑)。ないものは作って、買ってきたものも手を加えて使うというのが、父親の方針。家の中も、父親が座っているところから戸の開け閉めやテレビの調整ができるように工夫していて。天井にやたらと滑車と紐が付いていて、からくり屋敷みたいでした(笑)」

仕事において、「あれこれ工夫してみるというのは、確かに父親の体質というか、姿勢から来てるかもしれないですね」と木村。ただ、こんな噺……いや、話を聞くと、私生活でも影響は大のようで?

「普段の楽しみは、走ることです。会社の健康診断でメタボ判定の保険指導が入って始めたので、半分趣味で半分治療なんですが(笑)、続いてますね。あとは今ちょっと中断してるんですが、昔の写真やテープをデジタル化する、アーカイブ的なこともやってます。その中のひとつとして始めたのが、昔自分で撮った8ミリのデジタル化。自分の手でやりたいなと思って、8ミリの映写機を改造して、テレシネ変換機を自分で作りました。本当はそこまでやるつもりはなかったんですが、キャプチャーするためのソフトもなかったので、自分で開発して一から作って(笑)。ただ、画質もあまりよくないですし、改良の余地はあるので、さらに向上させていきたいですね」

Text:渡辺 水央 / Photo:杉崎 勝己

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