東京国際映画祭・提携企画
クラシック映画のデジタル修復~『地獄門』を題材に~
IMAGICAが目指すクラシック映画のデジタル修復

10月26日、東京国際映画祭・歌舞伎座スペシャルナイトで上映された映画『地獄門』4Kデジタル復元版。上映終了後、その蘇った色彩の美しさには国内外の観客から絶大な拍手が送られた。本作の修復はどのように行われたのか。

10月27日、六本木アカデミーヒルズ49オーディトリアムにおいて、「クラシック映画のデジタル修復~『地獄門』を題材に~」と題し、東京国際映画祭・提携企画としての公開セミナーが行われた。
第7回カンヌ国際映画祭のグランプリを受賞し、第27回アカデミー賞では最優秀外国語映画賞&衣装デザイン賞を受賞した『地獄門』。
劣化したフィルムがデジタル技術によってどのように蘇ったのか。その狙いが説明され、修復の実際を目で見ることができる貴重な機会となった。


映画フィルムの衰退~だからこそ、フィルムで残したい

登壇した株式会社IMAGICA 映像事業本部 プロダクション部 アーカイブグループの新井陽子は、現状について次のように語り始めた。
「映画館でのフィルム上映は少なくなり、お若い方はもしかしたら、フィルムで上映するという形そのものを知らないかもしれません。しかし、かつてはフィルムでの上映が当たり前であり、フィルムは作品そのものでした」

映画フィルムの衰退を象徴する出来事として、3つが挙げられた。
2012年、アメリカ・コダック社の経営破綻。2013年、富士フイルムが映画の撮影・上映用のフィルムの生産終了を決定。フィルム上映のスクリーン数の減少(全国のスクリーン数3472館のうち、デジタル上映は3392館。※2016年12月末、一般社団法人 日本映画製作者連盟調べ)。
さまざまな仕事を手がける株式会社IMAGICAだが、近年、フィルムのデジタル修復が主たる事業の一つとなってきているという。

「フィルムは環境に作用されて劣化しやすいという特徴をもっています。製造から長い年月が経つことでさまざまな症状を起こしてしまいます。フィルムは本来しなやかなものですが、縮みやキズ、ひび割れ、褪色といった形で劣化が顕著になります。長年置いておくことでこういった症状が進んでしまうのです。すぐに手立てをとらないと、ぼろぼろになってしまいます」

フィルム修復の過程~手作業での修復後、デジタル修復へ

デジタルでの修復の前に行われるのが、手作業による修復だという。フィルム原版を検査、修復するところまでをフィルムのレベルで行う。具体的には、フィルムの欠けた端を補修して元に近い状態まで戻したり、縮んだフィルムをしなやかな状態に戻す、などがこの作業に当たる。

新井陽子

「しかし、こうしたフィジカルなアプローチには限界があります。そこで、この後にデジタルでの修復に入ります。ここからはそのデジタルでの修復について説明いたします。
フィルムはアナログなものです。ですので、それをPCで扱えるような形式に変換します。解像度、ビット深度、フレームレート(1秒間に24コマ)。こうした要素をすべてデジタルデータに置き換えていくということ、それがフィルムのデジタル化です。私はこの仕事を10年以上やっていますが、始めた頃はまだアナログ放送でしたので、その時の解像度の主流はSDでした。その後、ハイビジョン放送が始まったり、ブルーレイの規格化などがありまして、HDの解像度が主流になりました」

そして、今回の『地獄門』修復のように、完全復元を目指す場合、さらに高度なデジタル技術が必要とされる。

「解像度が大きくなるということはそれだけデータ量も増えていきます。現在の4Kや8Kなどは、ものすごいデータ量になります。デジタル修復というのは、基本的にPCですべて行う作業なので、データ量の大きさが作業の大変さに直結するのです。でも、4K修復は私たちが達成したい目標でした。一般的に映画というものは35ミリフィルムで撮られていることが多く、35ミリフィルムの情報量をできるだけ精細にデジタル化する場合、必要となる解像度が4K相当だと言われているのです。私がこの仕事を始めた当時、扱う解像度はSDでやっとの状況でしたが、最近ようやく、4Kでのデジタル修復が実現しています」

高精細映像時代だからこそ、もう一度フィルムに戻して次世代へ残す

今回、本セミナーの題材となった『地獄門』(4Kデジタル復元版)は東京国際映画祭・歌舞伎座スペシャルナイトでの特別上映も行われ、ブルーレイディスクも発売されている。
では、デジタル修復が目指すものは何なのだろうか。

「こうしたデジタル技術を介した修復の後、フィルムレコーディングを行うことで、再度データをフィルムに戻すことができます。劣化したフィルムからアナログの修復をして、データ化して、デジタル修復やカラーグレーディングを経てデジタルのマスターをつくり、そして最後にフィルムに復元する。これだけデジタルの話をしていて、なんでフィルムに戻すのか、と思われますよね。でも、実はフィルム自体はすごく長持ちするものなんです。適切に温湿度管理され、保管された場合、その寿命は100年とも言われています。データの簡単な保存によく使われるハードディスクの寿命が10年程度であることを考えると、フィルムがいかに長期保存に向いているかわかると思います。私たちIMAGICAでは、フィルムとデジタルデータの両方での保存を提案しています。その時代の映像が、その当時のままに、現在、そして未来の観客に届いてくれればと思います」

KADOKAWAが担う映像修復プロジェクト

続いて登壇したのは、株式会社KADOKAWA 映像事業局 コンテンツ事業部 版権開発室の五影雅和氏。KADOKAWAにおける原版保存の取り組みと、修復プロジェクトへの取り組みを、作品の権利元の視点から語ってくれた。

「2002年に、KADOKAWA(※当時角川書店)が、大映より営業権の譲渡を受け、大映映画の権利を継承しました。大映の第1回天然色映画としてつくられたのが1953年製作の『地獄門』。保有しているライブラリーの数は1800本あまりになります」

2004年にKADOKAWAは“原版保存プロジェクト”を発足。角川文化振興財団の助成を受け、フィルム原版の復元と保存を行ってきた。その一環として、調布の撮影所にあったフィルム倉庫から、環境のよい相模原倉庫へ原版を移したり、フィルムの検査・クリーニングを行った。

「フィルムの劣化の状況に基づいてランク付けを行い、このままでは見ることができないという作品から修復を行いました。当時はデジタルではなく、アナログによる修復ですね。ここまでを第1フェイズとすると、角川文化振興財団からの助成が得られたこともあり、保存する為に修復するのが目的でした。そして、助成にも限界があり、第2フェイズとして、活用しながら保存できるように、2014年に部署横断のライブラリープロジェクトを立ち上げ、『角川シネマコレクション』レーベルの下、年2回の映画祭を中核に、DVD、テレビ、配信など横断展開を実施する中で、営業しながら保存、運用しながらデジタル化を進めてきました」

五影雅和氏

次世代への継承~当時の映像を当時のままに

“次世代への継承”を目的に、さまざまな働きかけを行う。年2回の映画祭の開催や、配信、テレビ放送、DVD・ブルーレイ化、発掘上映会。横断的なプロジェクトとして大映作品を盛り上げていったという。J-LOPや国際交流基金の助成も得た。その中で4K化のプロジェクトも進んでいった。

「復元は、フィルムセンターの定義にもあるように、以下のように考えています。劣化や損傷が見られるフィルムについて、そのフィルムのユニークな特徴を把握し、残存する同一作品の他の素材との比較調査を行い、関係者のヒアリングや文献調査に基づいて、その時点において入手可能な素材、技術を用いて復元を行うことで、出来る限りその作品に真正な(authentic)な状態を再現すること。自分の理解としては、劇場公開当時に観られた状態を、再現することであると思っています」

『地獄門』4Kデジタル復元までの道のり

実際に『地獄門』の4Kデジタル復元化はどのように進んでいったのか。

「2011年、アナログ放送からデジタル放送に切り替わった。NHKサイドとしては、デジタル放送の高画質・高音質をアピールする題材として、視聴者から公開当時の印象と違う、と不満の多かった映画を修復して放送するのが一番わかりやすいのではないか、と考えられており、『地獄門』を提案したところ修復にご興味頂き、NHKが助成してくれたんですね。この時の修復の過程はドキュメンタリーになり、NHKで放送もされました」

まず、仕組みをどう構築して、どの作品を選定するのか。それが最初のステップだったという。次の問題は、何から復元するか、だった。

「オリジナル・ネガから復元するのがベストでしたが、『地獄門』は既に失われていました。そこで、オリジナルの次に世代が近い三色分解で保存されていたフィルムを使いました。次は誰とやるかですね。『地獄門』はイーストマンカラーの第1回作品で、当時の東洋現像所(現IMAGICA)さんがカラー現像の新しい工場をつくるなど尽力してくれたので、IMAGICAさんを修復ラボに選定し、日本で唯一の国際フィルムアーカイブ連盟の加盟機関である東京国立近代美術館フィルムセンターに協力を依頼しました」

カンヌ国際映画祭の審査委員長だったジャン・コクトーに「これこそ美の到達点」と言わしめた『地獄門』。その映像を4Kで修復するためには、ある人たちの目が必要だった。

「次に重要になってくるのは監修者の選定ですね。本作品の助手を務められた森田富士郎キャメラマンには“画”を、大映の音の調子を熟知された林基継さんには“音”を監修していただきました。こうした多くの方の協力とIMAGICAの力で素晴らしい『地獄門』4Kデジタル復元版が完成したと思います」

IMAGICAが大切にする修復への思い

その後、会場のスクリーンに『地獄門』の映像が投影され、IMAGICAの中村謙介(映像事業本部 プロダクション部 アーカイブグループ)による、実際の機材を使用した修復作業の実演が行われた。初めて明かされる、ち密なテクニックと映像が美しく蘇ってゆく過程を、会場の多くの受講者たちは食い入るように見つめた。

セミナーの終わりには、この日のために特別に制作されたHDR版『地獄門』がお披露目された。元がフィルムだからこそのアドバンテージを活かした、かつて見たことのないほどの鮮烈な色彩表現に、会場外に設置されたHDRモニターの前には人だかりができていた。
新井は「もっとも大切なことは、当時の映像を当時のまま残すことだと私たちは思います。一方、4Kデジタルで出来ること、可能性はたくさんあります。新しい挑戦も取り入れていくことで、より多くの方にクラシック作品に親しんでいただきたい。そのために私たちはKADOKAWAさんをはじめ、多くの方と一緒に修復作業を進めることで、問題に取り組み、良い形で映像を後世に残していきたいと思います。」と締めた。

KADOKAWAの想いに共鳴し、それを具現し、過去の映像にもう一度スポットライトを当てるという『地獄門』の修復作業は、映像の遥かな可能性を開く一歩であったと言えよう。映像の明るい未来について考える夜だった。

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『地獄門』

鮮麗な色彩を駆使し、平治の昔から語り伝えられる壮大な源平時代の悲恋が甦る!
平安時代末期。平清盛に使える武士・盛遠(長谷川一夫)は、戦乱の中で美女・袈裟(京マチ子)と出会う。袈裟が人妻だと知っても諦め切れない盛遠は、何度も彼女に言いより、その都度はねのけられるが、恋の炎はますます掻き立てられるばかり。やがて盛遠は彼女の夫(山形勲)にライバル心を剥き出しにするようになるが、温厚な人格者である袈裟の夫は、盛遠を相手にしなかった。やがて盛遠は袈裟に対し、自分と一緒になってくれなければ彼女の夫や親戚を殺すと脅すのだが・・・・・・。

高橋守朗

ⒸKADOKAWA1953

野口進一

ⒸKADOKAWA1953

「日本初のイーストマン・コダックのカラー作品」
監督・脚本:衣笠貞之助
出演:長谷川一夫、京マチ子、山形勲、黒川弥太郎、坂東好太郎ほか
撮影:杉山公平
編集:西田重雄
色彩指導:和田三造
受賞:第7回カンヌ国際映画祭グランプリ、第27回アカデミー賞名誉賞・衣装デザイン賞(カラー)など
公開:1953年
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